えとぅーの勝手に書かせてちょーだいっ



その8 (17/12/31)

私は築50年近いマンションに住んでおり、和室に1間半の押入れがあります。その押入れのドア?は3枚の古いふすまだったんですが、先日それを外してカーテンに換えました。というのは、わざわざふすまを外さないと布団等の大物の出し入れができなくて面倒だったので。

さて、その外したふすまを演奏会翌日の日曜日に捨てました。粗大ゴミとして捨てると、お金がかかるので、自分で解体することに。外枠を外し、釘を抜き、貼ってある紙をはがし、内枠と中桟をばらし、また釘を抜き、最後にまとめて鋸で短く切ってゴミ袋に入れてお終い、、、なのですが、これが意外に大変。3枚目ともなると作業に慣れてきてパッパッと終わると思いきや、疲れてしまって体がついて来ない。

というわけで、3枚のふすまをばらすのに3時間半もかかってしまいました。おまけに翌日は筋肉痛。重いものを動かしたわけでなく、立ったりしゃがんだりを繰り返しただけなんですけど。いかに普段の自分が運動不足か思い知らされます。

ちなみに、粗大ごみの料金を調べると、ふすま1400円。。。自分のあの労働は時給350円以下か!?やはり餅は餅屋だなぁと思った次第です。

ではでは。


その7 (11/10/31)

前回は思い起こせば2009年の3月ごろに書いたので2年半ぶりです。ご無沙汰です。

今勤めている部署に以前勤めていた方々を中心に(よその会社の方もいる。殆どは定年している)飲んだくれる集まりがあって、私も一昨年に7年ぶりに今の会社の今の部署に出戻った関係でその集まりに参加しています。といっても、月1回の定例会で飲んだくれるだけですが。

さて、その飲んだくれ会で、この102122日の金土に東北を1泊旅行してきました(21日は有休をとった)

参加者は総勢10名、内、60才以上が9(男性8の女性が1)で残りが私、と言うとんでもない年齢構成での旅行が、私にとっては初めての東北旅行となりました。

旅程は、21日の朝9時現地集合の仙台駅まで朝7時発の「はやて」で移動し、仙台駅から貸切の観光バス(と言ってもマイクロバスを一回り大きくした25名乗り)で移動です。仙台駅⇒松島⇒鳴子峡⇒赤倉温泉の旅館で1泊。

22日もそのバスで、厳美渓⇒平泉の毛越寺⇒中尊寺と回って、仙台駅に戻り、夕方5時発の「はやて」で帰ってきました。

仙台駅は思った以上に栄えていてびっくりしました。

その後バスに乗って、仙台駅から松島までの道中、津波の被害にあったところも多かったようですが、殆ど復旧されていました。

それが一変したのは、松島から鳴子峡へ行く途中で寄った奥松島でした。

まず目に入ったのは、未だ水が引いてない一面水溜りの土地でした。そこを過ぎると津波でそれこそ基礎しか残っていない土地に1階部分の壁や窓や扉が軒並み破れた家がポツンポツンと建って(と言えるのか?)いて、合間に樹木が残っている。そして、それらの向こうの方には積み上げられた瓦礫の山。

テレビの映像と実際に目にするのは大違い、とよく言われますが、まさしくその通りで、当たり一面の惨状(と言うか流されて何もないんだけど)にしばし呆然としてしまいました。

と、シリアスな時もあったのですが、旅行としては21日の朝9時から22日夕方19時ごろの東京着まで、酒を飲みながら途中うまい物を食いながらの楽しい旅でした。

私は車中で寝ているときも多かったのですが、今の60代は何であんだけ元気なのかよく判りません。

あと、金色堂はキンキラキンでとても綺麗でした。

それから、牛タンはいまいちだったけど、笹かまは美味しかったです。鐘崎と阿部の両方食べました。鐘崎はふっくら柔らかくてあっさり味で、阿部は固めでしっかり味でした。どちらも良かったです。

また仙台に行ってみたいです。もっと北のほうにも。ではでは。


その6 (09/04/02)

どうも皆さんお久しぶりです。

国境なき医師団のミッションで昨年2月からイエメンに、同じく昨年9月からスーダンに行って来ました。そこで私が国境なき医師団でどのようなことをしていたのか紹介したいと思います。

国境なき医師団、英語ではDoctors Without Bordersですが、正式名称はMedecins Sans Frontieres(フランス語)です。元々はフランス人医師らにより立ち上げられた組織です。頭文字を取ってMSFと言うのが通り名です。フランス、スイス、スペイン、ベルギー、オランダの5ヵ所にHead Quaterがあり、それぞれのHQがそれぞれ独自に世界各地に医療援助プログラムを展開しています。

私はフランスHQのプログラムでイエメンのミッションに、スイスHQのプログラムでスーダンのミッションに参加しました。なお、スーダンのダルフールにはスイスHQだけではなく、他の4つのHQもプログラムを展開しています。

さて、私が参加したスーダンのプログラムは、西ダルフール州の山岳部にある地区病院と近隣にある診療所を再建し運営すると言うものです。どちらも(一応は)スーダン保健省の管理下にあります(運営しているとは言い難い。保健省の職員がいるだけと言って良い)。病院は政府支配地域にありますが、診療所は反政府支配地域にあります。

私のポジションはLogisticianといい、職務内容は、非医療スタッフの勤怠管理や作業指示、病院・診療所・事務所・住居の建設・改造・修繕、資材(医療品を除く)の発注・在庫管理、車輌・通信機器の維持管理、等々。

それに加えて途中からAdministratorを兼任しました。月ごとの予算作成、全請求書の支払い、会計ならびにお金の管理、現地スタッフ(約100人)のサラリー計算・労務契約の管理・雇用ならびに解雇、IDカードの発行、等々。

要するに、病院を経営するなかで、実際の医療行為と医療品の発注・管理ならびに医療関係スタッフの勤怠管理以外の業務は全て、と言ってよいでしょう。(病院で言ったら事務長か?)

と言うわけで私は発注、購買、支払い、会計処理とお金に関して全権力を握っており、物の手配は私の胸三寸、スタッフの給料だって私のさじ加減一つ、全スタッフが私の前に跪き、、、と言うのはまったく嘘で、あちこちからあーしてくれこーしてくれと色々な要求が出され、サラリーが安いと文句を言われ、いつやってくれるんだとせっつかれ、とてもとても忙しく大変な毎日でした。

私自身、病院内をうろちょろしている時に患者さんから感謝されたことがあったのですが、それよりも嬉しかったのは、現地スタッフが、あなたが遠い国からわざわざやって来てこの地域のために働いているのだから協力する、と色々と仕事で無理を言ったときに文句を言わず協力してくれたときです。

生活・業務の環境が日本や他の先進諸国と異なり、スタッフ(現地・国際)が質・量ともに不足しがちで、また周囲の状況が不安定(ある日いきなり戦闘が開始され激化したり、現場から退避するハメになったり、等々)な中での仕事はかなりきつかったのですが、周りの人々と助け合いながら何とか任期を全うすることが出来ました。自分もまだいろいろなことが出来るんだなと新たな発見があって、MSFに参加してよかったと思っています。ぜひ皆さんも参加してみてはいかがでしょうか。


その5 (08/02/24)

どうも、えとぅーです。姫路から関東に帰ってきました。

会社を退職してもう5ヶ月になります。無職でプラプラしているのも板についてきました。でも来月頭からボランティアとして海外へ半年ほど派遣されますけど。

さて、無職と言うと自由でいいなぁと思われるかもしれませんが、意外とそうでもありません。やはり収入が途絶えるのが大きい。毎日が休日なわけですが、会社勤めをしている時の土日のような生活を毎日続けていたら、いくら貯金があっても足りません。

と言うわけで、必然的に生活がケチ臭くなります。当たり前のことなのですが、やはり家でテレビやインターネットを見ているのが最もお金を使わないので、出不精になったりします。

それでも食事はと言うと、相変わらず外食中心です。自炊は意外とお金がかかるし(例えば食材を2000円で買って、4食ぐらいで食べ終えてしまうと1食500円)、作りやすいものしか作らないからかえって栄養が偏るし、腐らせるのがもったいないから無理して食べ過ぎてしまうし、逆に不健康になってしまうわ〜、と言うわけで、料理に目覚めることはありませんでした。

それから、自転車を多用するようになりました。5kmぐらいであれば充分に自転車行動圏内です。でも同じ距離でも東京は姫路よりも自転車で移動するのに意外と時間がとられますね。理由は、関東平野は丘陵地帯であったこともあって坂が多い。道路が狭い(将来拡幅する余地もなし)上に、通行人が多い(しかも周囲を見て歩いていないから危ない)。道路が直線ではないから目的地へ最短距離でたどり着けない。と言ったところでしょうか。

先日、東京某所で年配の女性が40代会社員の乗った自転車に衝突されて死亡するという事故がありました。その時の自転車の速度が時速30〜40kmだったと報道されていましたが、ちょっと疑問です。ママチャリで街中だったらどんなに頑張ってもせいぜい時速20kmが限界だと思うんですけど。

と、だらだらと書きましたが、この辺で。


その4 (04/04/27)

 久しぶりの登場です。前回はシンガポール体験記(その1)と言うコラムを書いた気がするのですが、当然”その2”を書くことはありませんでしたね。と言うわけで、先日(今年の2月)に出張で行ったサウジアラビアの話にしようか迷いましたが、心がすさんでくるのでそれはやめて、今私が住んでいるここ姫路の話をマジメに書き出すことにします。

 姫路市兵庫県で2番目に人口の多い市です。なお、1番目は神戸市です。姫路と言えば何か。姫路城か?確かにそれは間違っていませんが、やはり姫路と言えばヤンキーの住まう街です。姫路城は1つしかありませんが、ヤンキー(元ヤン・隠れヤンを含む)は何人もいるわけですから。県単位で言えば、最もヤンキー率が高いのは茨城だという調査結果が報告されています(参照→http://www.ibaraking.com/advance/yankee.htm)。因みに校内暴力と暴走族が日本一多いのは神奈川県です(byハナワ氏)。しかし、市単位で言えば姫路市が最もヤンキー率が高いことは明白です。神戸市という薄め液がなければ、兵庫県茨城県を抜いて日本一に輝いていたはず。

 そんな姫路市ですが、アイドルの松浦亜弥が実は姫路市出身であることは意外と知られていません。彼女の公式プロフィールでは兵庫県出身とのみ記載されています(参照→http://www.helloproject.com/matsuuraaya/)

 ところで、ヤンキーと言えば当然車にこだわりがなければなりません。車種はグローリアかローレル、でなければ軽です。色は黒か紫、もしくはガンメタリック。タイヤは当然扁平で、標準装備で50(扁平率が)です。オプションは45か40で、55以上のものはプレミアが付いて高くなります。そして無論エアロ仕様。スポイラー無しの車を買おうとすると逆にオプション費用を取られると言う噂です。そして内装には虎縞のエセ毛皮を張っ付けて完成です。ここ姫路では、そんな車がいっぱい走っています。メルセデスやBMWは殆ど見ることが出来ません。

 さて、ヤンの街=姫路では、ヤンママが闊歩し、漫画はヤンキー烈風隊しか読まれておらず、アイドルと言えば工藤静香以外は認知されていません。そう、松浦亜弥が兵庫県出身と言っているのも、ここ姫路ではアイドルとして受け入れられていないと言う確信があるからに他なりません。また、工藤静香を孕ませた木村拓哉は姫路市内に足を踏み入れた瞬間に抹殺されてしまうため、SMAPのコンサートが姫路市文化センターで催されることは絶対にありません。新幹線車内でも危ないという話しです。何でもSMAPが関東から西明石以西に移動する場合は、山陰側を回るか飛行機を使用するらしいです。アルカイーダどころの話しではありませんね。

 ヤンでない者にとっては姫路は肩身の狭い街ですが、意外と住みやすいです。近くにお越しの際は是非お立ち寄りを。


シンガポール体験記(その2) (02/02/23)

前回のコラムからちょっと時間がたってしまいましたが、今度はシンガポールトイレ(大便用)編です。大体は日本でおなじみの西洋式座り便器です。日本人向けの居酒屋などでは和式しゃがみ便器もあります。

しかし、わざわざこう書くのだから、当然日本と違う便器があります。それはMRT(電車)の駅によくあるシンガポール式(と言うのか知らんが)しゃがみ便器です。このシンガポール式しゃがみ便器の特徴は

 1)和式にはある前掛け(四半球状のやつ)がない
 2)上から見ると前円後円墳を長手方向に引き延ばした形になっている

です。大きい方の円がトイレ個室のドアとは反対側に向いています。我々日本人が魚雷の発射体勢を取るときはドアに背を向けてしゃがみます。すると魚雷の着弾点が小さい方の円になるので、誤爆を防ぐべく誘導するために微妙な腰使いが必要になるのですが(因みに小職の的中率は100%)、帰任間際にハッと気が付きました。「そうか!ドアを向いてしゃがめば良いんだ!」目から鱗が落ちると言う言葉を実感した瞬間でした。

もっともその後はシンガポール式しゃがみ便器を使う機会に恵まれませんでしたが。MRTの駅のトイレを使うときと言うのは、結構せっぱ詰まったときしかないため、トイレの個室に入ると何も考えずにドアに背を向けてしゃがんでしまうわけです(しゃがんでいる時は夢中だから、また発射完了後はすっきりしてしまうため、結局何も考えない)

習慣とは恐ろしいものです。なんて使いにくいしゃがみ便器だと思いながらも、日本とは逆向きにしゃがむんだと言うことを通算7ヶ月に 及ぶシンガポール滞在期間のほぼ最後まで気が付きませんでした。まぁ誤爆がなくて良かった。


シンガポール体験記(その1) (01/11/2)

久しぶりにコラムに登場です。 書く内容はと言うと、やっぱり仕事で赴任していたシンガポールの話しかないでしょう。

と言うわけで、まずはシンガポール床屋編。(なぜ床屋なんだろう?)私の知っている限り、シンガポールには以下の5タイプの床屋さんがあります。

 (1) 男用(Bar Bar)
 (2) 女性用(いわゆる美容院。Hair Salonです)
 (3) 男女共用(Uni Sex Hair Salonなどと看板が出ている)
 (4) Japanese Bar Bar (おそらく日本の理髪店と同じ)
 (5) 男用だけ。(Specialと言うかExtra Serviceあり)

念のために言っておくと、私が入店したことがあるのは(1)(3)だけです。 (2)は外から店内を除いたことがあるだけで、(4)は看板だけしか見たことが無く、(5)は話でしか知りません。(実はシンガポール国内にはなく近場にあるマレーシアのジョホールにあると言う噂は聞いたことあり)

シンガポール、マレーシア、ヨルダンと赴任赴任中にそれぞれ床屋へ 行ったことがありますが、髪を切るだけなら高くても500円ほどです。と言うよりも、髪を切った上に、洗髪をして、髭まで剃ってくれることはまずありません。

たいがいは髪を切るだけで、(3)では頼めば洗髪をしてくれる場合もあります。 むろん料金は上がります。ちなみにヨルダンには、当然の事ながら、(1)しかありません。

イスラム教徒(ヨルダン人、パレスチナ人、マレー人など)やインド人は髭を(特に鼻の下の所)を剃らないので、床屋で髭を剃ってくれないのは当然ですが、髪の生え際は剃ってくれます。むろんシェービングフォームをつけることはなく、チョチョッと生え際を水で濡らして剃ってくれます。

剃刀は鏡台(と言うのかな?)の上にポンと置いてあった物を使い、使い終わったらタオルかなんかで拭いてそのまま戻すだけです。おいおい消毒ぐらいしろよと言いたいところですが、だーれも気にしないところが中東的且つアジア的と言えます。

ま、人生何があるか判らないのだから、エイズぐらい気にするなよと、いかにも大陸的な無言の人生訓を垂れられているのでしょう。


その1 (2000/7/3)

コラム初登場のえとぅーです。やはり、まず最初に編集長へ一言いっておかねばなりますまい 。それは、 私はカス1号ではない!名誉あるカス1号は、偉大()なるNさんです。以上。お終い。

などとここで終わってしまうとヘビに睨まれたカエルになってしまいますので、もう少し書くことにしましょう。いろいろと書くネタはあり、何を書こうかと考えていたのですが、ちょうど三年ぐらい前に私が自分のワンルームマンションの近くで見かけた珍事をご紹介することにしましょう。(以下朗読調で読むこと。)

マイポエム(意味無し):夜の白鳥

ある初夏のまだ宵の口、私はワンルームマンションの外で煙草を吸っていた。部屋の中を禁煙にしているからである。私の住まいは通りから10mほどひっこんだ所にあるのだが、私は煙草を吸いながら何気なしに通りの方へ歩いていった。

通りに出て、ふと右方をみた。15mほど離れたところにカラオケがうるさくて近所迷惑な「スナック アーマ」がある。煙草を吸い終わり、部屋に戻ろうかとしたその時、「スナック アーマ」から白鳥が出てきた。なぜかその白鳥には太い足が2本、手が2本、人間の顔までついている。

よく見たらおじさんだった。そう、彼が身につけている物は、眼鏡、靴、白鳥の3点セットのみ。ドリフを彷彿させる姿である。私としては、トッピングとして更にバカ殿ちょんまげを付けて欲しかった。彼がこちらの方へ歩いてきた。目が合い、挨拶した。

「こんばんは。すごい格好ですね。」「どーも。」彼は私の前を通り過ぎ、左方20mほど行ったところにある「モスバーガー」へそのまま入っていった。ふと振り返ると、「スナック アーマ」からホステスが二人出てきてこちらへ走ってきた。また目が合い、挨拶した。

「どーも。面白い事してますね。」「すいませんね。彼、馬鹿なもんで。」「罰ゲームなんですけどね。」ホステスはそのまま走りすぎ、「モスバーガー」の外で、店内を見ながら爆笑していた。

私は2本目の煙草も吸い終わったので、そのまま部屋へ戻った。あれから3年、あの白鳥はどこにいるのだろうか?そして私は、なぜあの時に「モスバーガー」まで見に行かなかったのか、今でも後悔している。