ゆたさんの勝手に書かせてちょーだいっ



岡部裕の巻 (99/3/28)

はらう!ゆたさんです。大学はすっかり春休み。最近は図書館に通っていたりします。近頃の図書館はいいですね。建物はきれいだし、設備も充実していて一日中居ても飽きないですね。あとは可愛い女の子との出逢いを待つばかり。

先日僕が所属しているもうひとつの合唱団の演奏会があり、歌ってきました。歌うって気持ちがいいですね。あっ裏切り者と呼ばないで。昨年のエンメの演奏会で歌えなくてさびしい思いをしたからなんですよ。つまり、エンメの皆さんが僕に歌う素晴らしさを教えてくれたのです(授業料はお支払いできませんが)。

そして、エンメのスパイ的な働きもしてきたのでご勘弁ください。あちらの合唱団の衣装係に就任して、男声の衣装を礼服+蝶ネクタイにしてきたんですよ。えっ全然スパイになってないって!よいこがそんな細かいことを気にしちゃいけません。

お知らせ:「ゆたさんの推理小説論」は、作者取材のためお休みさせていただきます。


『ゆたさんの推理小説論1』 (99/1/1)

推理小説といえば、シャーロック・ホームズ、アルセーヌ・ルパンですね。僕も大好きです。これらは古典的といわれてますけど、やっぱり面白いです。いや、むしろ古典的だからこそ面白いのかもしれません。

僕が考える面白い推理小説とは。

  1. 推理小説である前に、小説なんだから物語が面白い。
  2. 推理すなわち謎解きに関して、「謎」と「解き」が共に面白い。注意してほしいのは謎は解かれるということ。「解けませんでした」、とか「夢でした」というのはダメです。

現代―警察による科学捜査万能の時代―では、1、2を満たす推理小説を書くことは難しいと思います。トリックもだいぶ出尽くした感もありますし。

例 首なし死体が発見されました。→DNA鑑定をしましょう。

こんな風ですから、2を満たそうとすると複雑なトリックをつくらなくてはなりません。そうすると全体的に複雑にならざるを得ず、今度は1が満たされなくなります。じゃあもう2はあきらめて1重視でいこうということにもなるわけです。(つづく)